志賀海神社「七夕祭」前編~これまでの七夕祭り~

文化歴史

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志賀海神社「七夕祭」

このお祭りの由来は志賀島と星の関係から始まったそうです。

今のテクノロジーが生まれるずっと前。

古代の海人や漁師は星をたよりに自分たちの位置を把握し、海を翔けたと云われています。

そこから星は信仰の対象となり旧暦の7月7日、志賀島の海人を始め、玄界灘の海人は志賀海神社へ参拝し、海上安全と無病息災を祈念してきたそうです。
今年も参道手前の漁協前には漁師が大漁旗を掲げ、さらに参道沿いの民家には短冊飾りが並びます。

tanabata▲漁協前の大漁旗

 

その七夕祭で売られているのが「志賀茶」と「事無き柴」です。

tanabata  ▲氏子総代の皆さん。

 

「志賀茶」とは、七夕祭でふるまわれる椎(柴)の枝葉です。

これをお盆に祖先へ煎れ供え、除災と家内安泰を願う慣わしが今も続いています。

 

「事無き柴」はその昔、神功皇后が三韓出兵の際に志賀海神社にて無事を祈願し、大事なく帰国されました。

それにちなみ、無事にご利益があるアイテムとして漁や旅に出る際に葉を一枚身につけてる慣習が生まれたそうです。

現在もその振興は受け継がれ、氏子の人たちは誕生日にお宮に参ると、事無き柴をいただけるそうです。

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▲志賀茶について語る氏子総代の坂本さん

 

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▲例年取りの祭事を執り行う七夕祭

 

そして、この七夕祭りには参道にたくさんの出店が立ち並び、夏の風物詩として、このお祭りを楽しみしていた島民の方もいらっしゃいます。

近年は参拝者の現象や出店もなくりました。その原風景を取り戻すため、志賀島の有志が集まり、志賀海神社2000年の歴史の中で初めての試みが今回行われました。

 

薪能「宵待之翁」です。

 

これはまた次回にレポートしたいと思います。

それではー。

 

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志賀島の基本情報

福岡県福岡市東区、博多湾に浮かぶ島。金印が発見された島として知られる。

歴史的には古代日本の海上交易を支えた、海人族である安曇氏の拠点であったとされ、海の要衝として重要な位置を占めていたとされる。また島の半分を玄海国定公園に指定され、陸繋島をはじめ、自然豊かな景観と古い町並みや暮らしが、今も残っている島である。

■人口 / 1,938人 世帯数 / 848世帯(2012年時点)

■面積 / 5.78 km2(東京ドーム約123個) 周囲 /11 km

■主管産業 / 漁業・農業

■特産物 / アジ・ワカメ・いちご(あまおう)

■所在海域 / 博多湾、玄界灘

■アクセス / 福岡市営渡船、西鉄バス、JR西戸崎線(西戸崎駅からはバス)